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「生まれながらのコーディネーター」

富永 一夫(とみなが かずお)

日本テトラパック(株)に21年勤務。同社を退職し、多摩ニュータウンでの地域づくりNPO活動を開始。マンション管理組合の理事としての経験を基に、NPOによるマンション管理事業を手掛ける。さらに、コーポラティブ住宅建設の支援事業、長池公園の指定管理者として八王子市と協定。NPOの地域支援ビジネスモデルの構築に挑戦中。

富永 一夫

2014年10月01日 第2回 コーディネーターに求められる「人間力」

第2回 コーディネーターに求められる「人間力」

お世話係型リーダーシップ
前回は、ピラミッド型組織と比較して、地域づくりには「文鎮(ぶんちん)逆さ型」リーダーシップが必要と書いた。どちらが優れているということではない。時代と社会によって求められるリーダーシップの在り方が異なるのだ。例えば、狩猟民族はどうだろう。強力なリーダーが先頭に立って、狙った獲物を追い込んでいく。リーダーはメンバーの役割を決めて厳格に守らせる。そうでなければ、獲物が獲れるはずはない。
では、今の日本に求められているリーダーシップは何だろう。私は、形で言うなら「文鎮逆さ型」、機能・役割で言うなら「お世話係型」リーダーシップだと考えている。そして、お世話係であるリーダーの力の源は「人間力」に尽きる。
お世話係は、皆の先頭に立って集団を引っ張るようなことはしない。後ろに控えていて、「こっちの方に行った方がいいんじゃないですか」と、より良い方向を「指」で示し、皆を「導」くことが役割だ。その意味では、リーダーと言うより「指導者」と言った方がしっくりくる。
まるで、庄屋さんのように
お世話係型リーダーとは何をする人なのか。お世話係は決して自分が主役にはならない。自分以外の人を主役にして、その人にとっての幸せとは何かを考え、アドバイスを送り、激励し、時には説教もする。
もう一度、江戸時代の庄屋さんを思い起こしてほしい。庄屋さんが束ねていた農民は、今風に言えば「一人親方」だ。「百姓とは、百の技を持つ人」だという。一人一人が、農作物をつくる上で必要な技術や現場力を持っており、自分の食い扶持をたくましく稼いでいる。もちろん、人によって技術レベルの違いはあるだろう、出来高の違いもあるだろう。それでも、互いを認め合い、干渉せずに、平和な集落を形成していた。農作物をつくるには、水が欠かせない。溜池に溜めた水が、高いところから田畑を順にうるおしていく。分け隔てなく、平等に。農民は「一人親方」だけれども、水利や田植え、稲刈りでは“お互い様”の原理が働いて、協力しあう。それでも、やむを得ず生じる凸凹をうまくならすのが庄屋さんの役割だ。
庄屋さんは、現場力では農民にはかなわない。それでも、皆の愚痴を聞いたり、夫婦げんかの仲裁をしたり、何くれとなく面倒を見ることで、農民に慕われていた。農民と武士の板挟みになるときもあっただろう。ある時は、農民の声を代表して、お代官様に言いにくいことを言い、ある時は、お代官様の顔を立てて農民に年貢の増額を求めたりする。庄屋さんの役割は、このようにして集落の調整機能を果たすことにある。うまく調整する力こそが庄屋さんの「人間力」なのだ。
現代の地域コーディネーターは、実は、江戸時代の庄屋さんに非常に近い。もちろん全ての庄屋さんがモデルではない。人望のある庄屋さんは、こんな役割を果たしていたのだろうと、私は思っている。
365日、駐車場の鍵を開け閉めする
これからの日本では、お世話係の機能を果たす人が今以上に必要とされてくるだろう。このような人が活躍する社会を、私は「役割分担型社会」と呼んでいる。
役割分担型社会では、人は、ピラミッド型組織のように上下関係で結びついているわけではない。メンバーが互いの役割をきちんと果たすことで、認め合い、結びついている。地域づくりで言えば、最も高い問題意識と熱意を持った人が、まず「こんなことをやってみたい」と手を挙げる。それを見て興味を持った様々な人が集まってくる。熱意には程度の差があるから、早々と抜けていく人もいるだろうし、残る人もいる。そして、最後まで残るのは、明確かつ具体的な役割を持って参画してくる人たちだ。たとえ考え方が同じ人でも、具体的な役割を果たせない人は、結局離れていく。
地域づくりには、いろいろな役割がある。目立つ役割もあれば、地味な役割もある。私たちが指定管理者として運営している長池公園には駐車場があり、この駐車場のゲートを時間通りに開け閉めするにはどうするかで頭を悩ませていた。すると、一人のお爺さんが、その役割を買って出てくれた。お爺さんには持病があり、無理はできない。「自分には、こんなことしかできないからね」と、鍵を預かったお爺さんは、以後、365日、一日も欠かさず、雨の日も風の日も時間通りに駐車場のゲートを開け閉めしてくれている。本当にありがたい。地味な役割を確実に、淡々と果たしてくれるこのような人こそ「人財」だ、宝だ。
お世話係型リーダーは、このような役割を持った人たち一人一人に心地よいポジションを与え、凸凹をならし、みんなの気持ちと役割を調整することが役割だ。そして、一人一人に「ありがとう」「助かるよ」と声を掛けながら、みんなに「良質なタコツボ」を用意していく。タコツボが全て悪いわけではない。お互いの役割に干渉せず、「まあいいや」「こんなところかな」と納得して落ち着ける居場所が得られるならば、タコツボも捨てたものではないのだ。
トラブルへの対処で問われる人間力
お世話係型リーダーが避けて通れないのが、関係者間のトラブルだ。トラブルへの対処で、リーダーの真の人間力が問われることになる。
地域づくりには、様々な立場の人が関わってくる。このため、トラブルの当事者が10名を超えることも珍しくない。そんなとき、どうするか?ありがちな失敗は「じゃあ、みんな集まって話し合いましょう」と会合を持つことだ。それぞれ、立場や主張が異なるので、意見がまとまるはずがない。
私の対応方法は、至ってシンプルだ。一人一人の話を聞く。それも、必ず2回聞く。トラブルの当事者が2名でも20名でも同じことをする。まずAさんの話を聞く。相当文句が溜まっているだろう。それでも「自分も意見を言いながら」ひたすら話し合う。次に、Bさんの話を聞く。併せて、私が理解した現状を説明する。そこにはAさんの意見が反映されている。更にCさんの話を聞いて、説明するときには、私の話にはAさんとBさんの意見が反映されている。こうして、最後の当事者(Gさんとしておく)に会うときには、AさんからFさんまでの話が全て盛り込まれていることになる(私の話はコロコロ変わる。自説にこだわることよりも、全員が納得できる道を探すことの方が重要なのだから)。
一呼吸おいて、今度は、Gさんからスタートして、Fさん、Eさん…と逆回りで解決策を話し合う。もちろん前に会った人の意見が反映されている。こうして、出発点のAさんに戻った時には、当事者全員がそこそこ納得できる共通理解ができあがっていることになる。まるで、座談会を個別に行っていくような感じだ。ここまできて、初めて全員集まって話し合いを持ち、解決策を探る。共通理解があるので、解決は目の前だ。
と、文章にすれば簡単だが、なかなかしんどい作業だ。しかし、お世話係が逃げ出すわけにはいかない。一人一人の話に耳を傾け、共感し、次の人につなげていくことで、人間力が鍛えられていく。地域は、まさに、人間力の道場だ。