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「生まれながらのコーディネーター」

富永 一夫(とみなが かずお)

日本テトラパック(株)に21年勤務。同社を退職し、多摩ニュータウンでの地域づくりNPO活動を開始。マンション管理組合の理事としての経験を基に、NPOによるマンション管理事業を手掛ける。さらに、コーポラティブ住宅建設の支援事業、長池公園の指定管理者として八王子市と協定。NPOの地域支援ビジネスモデルの構築に挑戦中。

富永 一夫

2015年1月23日 第5回 次世代につなぐ地域づくりNPO

第5回 次世代につなぐ地域づくりNPO

NPOの後継を育む
今、私達のようなNPO法人はもちろん、さまざまな非営利組織において、後継者をどうするかという問題に直面しているケースは多いだろう。私の場合、一代で終わってもいいじゃないかという気持ちがあった。現実問題として、やはり継続可能なNPO法人をつくるのは簡単ではない。経済力が限定的である以上、将来の不安もぬぐえない。それで一度は「これで終わり」と割り切ったけれど、私の気持ちは大きく変化し始めた。若者達がどうしてもここに置いて欲しいと言って集まってきている。パートさんやシルバー世代の方々も、みんな居心地がいいと言ってきてくれる。清掃をお願いしている福祉団体も喜んで来てくれている。「もしかしたら、これは継続しなくはいけないのかもしれない」と感じるようになっていたのだ。それならば後継問題から逃げるのではなく、NPOフュージョン長池を後継してもらえるような組織にするために、積極的に取り組んでいこうと考え始めた。
継承の方法
継承の方法はいろいろある。最も多いのは第一世代の仕事を、丸ごと第二世代に継承する方法。第二世代は二代目、などと呼ばれるが、親の事業を子がそのまま継ぐというようなわかりやすい継承だ。日本古来の農村では親から子へ、子から孫へと世代が繋がれてきたのだ。
第二に、DNA分散型継承がある。例えば、私が研究会などで経験や知恵を語る。参加者は自分の理解できたことだけを持ち帰るが、それによって私のDNAが部分的に継承される。会合参加者100名に話をすると、DNAをきちんと継承してくれるのはせいぜい1名だろう。しかし、DMやチラシの効果が一般に1/1000であることを考えると、かなり効果は高い。地域づくりNPOの活動でもやはり1/1000程度。しかし、地域の祭りなどを継続的に行っていると、イベントで100名くらいのスタッフが手伝ってくれるようになる。この中からキラ星のようなスタッフが生まれてくるのが楽しみだ。また、20年も活動を続けていると、開始当時子供だった参加者が、母親になっていることもある。これはとても嬉しかったし、誇りに思う。私たちは、このような「人材供給のポンプ」でありたいと思っている。
第三に、暖簾分け型継承がある。自分は八王子市で「NPOフュージョン長池」を、多摩市で「NPOフュージョン」を設立・運営してきた。「NPOフュージョン」は、国交省の事業を3年間行ったことがあり、それなりの実績とブランドがある。これを信頼する友人にそのまま「暖簾分け」をした。
第四に、ノウハウ提供型継承がある。NPOフュージョン長池の事業パートナーである富士植木が、神奈川県内のある緑地の指定管理者になり、NPOフュージョン長池は後方支援を行うことになった。このため、富士植木の女性社員に、2週間に1回、日記を送ってもらうことにした。日記には(1)事実のみを書く、(2)良い報告は不要、トラブルや困ったことを中心に書いてもらう、という約束。私は日記を詳細に読んで、コメントを返していく。なかなかしんどい仕事だが、このようにして、自分のノウハウが富士植木に継承されている。
土着の地域貢献型NPOを残していくなら、親世代から子世代へ、子世代から孫世代へと、世代をつなぐという後継手法がふさわしいのではないか。ただ、自分が行ってきたことをダイレクトに後継するだけではいけない。分散して継承していくべきなのである。松下幸之助は、松下電器だけでなく多数の関連会社をつくり“松下連邦”を形成した。これによって、社長を多数輩出すると共に、分散継承を行った。また、PHPを創立して書籍を世に残した。松下政経塾で人材育成も行った。これらによって、松下幸之助死後も松下イズムは消えずに残っている。
組織と継承
改めて、継承とは何か。多くの人は「組織の継承」と理解するが、それで良いのだろうか。多様な継承の仕方があるはずだ。組織そのものの継承ではなく、課題抽出のノウハウや、実行に向けたプランニングのノウハウなど、ノウハウを継承することが重要なのではないだろうか。
地域は、良い意味で人の集合離散を繰り返している。たとえ構成メンバーが変わろうとも、継承して欲しいことは「人に優しいこと、人のやりたいことを認めてあげること、誰かが困ったときは集まって助け合うこと」に尽きる。自分は、個人の夢を融合しながら活動していきたい。多様な個人が集まって中味をつくり、個人ではできない部分をNPOフュージョン長池という組織が「薄皮」のようにくるむ「薄皮まんじゅう」のような組織をつくってきた。組織が何を生み出すかが重要なのではなく、組織の構成員である個人がHappyであること(To Be Happy)が重要なのだ。
NPOの継承は、組織の原点だ。昔の経営学の教科書で、こんな比喩を学んだ。二人の旅人が一本道を歩いていく。三叉路を大岩が塞いでおり、先に進めない。二人は別々の道に行きたいのだが、力を合わせて岩を動かし、どちらかの道に進むことにした。そこで大岩を前に話し合いを行う…というもの。これが組織の原点と考えている。個人なら自分が好きな方に進めばいいだろう。しかし、それぞれの意見を出し合って融合していく。それが組織というものだ。
継承と人材育成
組織の継承がすべてではない。徳川幕府は250年続いたが、ついには倒れた。しかし、優秀な幕臣は明治新政府にも参画した。組織は消えても、人は残る。では、継承に当たり人をどう育てるのか。私は、人間が人間を育てることは出来ないと思っている。人は「勝手に育つ」ものだ。そのためには夢と舞台を与えることが重要である。まずは「こうなりたい」という自分を肯定してくれる人、そして、やらせてくれるだけの舞台を提供する。
たとえ意欲の高い人が集まった研究会でも、回を重ねると参加者は次第に受け身になってくる。講師から面白い話を聞くことだけを期待するようになる。このため、私は「互学互習」(ごがくごしゅう)をテーマに、研究会の途中から、メンバーに「良い話」「困っている話」を一つずつ持ち寄り、1人15分で話すように呼びかけている。1人1人の意識が高まり、全員が積極的に話し合う。良い事は共有し、困っている事は意見を出し合い、助け合う。これによって解決出来た問題もたくさんあるのだ。
「萌芽更新」という言葉がある。自分がまだ元気なうちに次の世代を育てながらフェードアウトしていく。「ある日突然私が倒れて後継指名されて慌てるのと、早めにバトンタッチされて、叱り飛ばされながらがんばるのと、どっちが怖いか?」と迫られれば彼らとしても選択の余地はない。自分の時代が終わることは、早めに口にしている。
里山民主主義
私は「里山民主主義」というものを提唱している。経済至上主義ではない、いわば人間至上主義とも言えるだろう。里山は遠い昔から、人の生活に密接に結びついてきている。土がとても大切であり、江戸時代の日本人は、藩校などで人材育成という「土づくり」を行ってきた。これがあったから、江戸では江戸まち文化と呼ばれる庶民文化が隆盛した。鎖国時代に、外の文化を取り入れず、国内だけで良質のガラパゴス文化をつくることが出来たのだ。
江戸時代の百姓は、言われなくても仕事をした。庄屋さんは百姓や武士の利害を、出しゃばりすぎないようにしながら調整していた。民主主義を議会や会議に頼るとコストがかかってしまう。“何となく”の意思決定を日常的にしていくことも、民主主義なのだ。里山は日本の心の原点。何事も、美しく曖昧にしておくことで万物を育んできた
その土地を知りつくした里人と、新しい知見をもたらす旅人が融合していく社会こそ、日本人の特性を生かした新しい生き方だ。里山の思想は世界に誇れる。「里山」という言葉は翻訳できない。国際会議でも、SATOYAMAで通用している。SATOYAMAは人と豊かな自然が共存する空間であり、これからもずっと守り続けていくべき日本の大切な宝だろう。