地域コーディネーターコラム

  • 富永 一夫
    富永 一夫
    (とみなが かずお)
  • 2015年1月23日
    第5回 次世代につなぐ地域づくりNPO
  • NPOの後継を育む 今、私達のようなNPO法人はもちろん、さまざまな非営利組織において、後継者をどうするかという問題に直面しているケースは多いだろう。私の場合、一代で終わってもいいじゃないかという気持ちがあった。現実問題として、やはり継続可能なNPO法人をつくるのは簡単ではない。経済力が限定的である以上、将来の不安もぬぐえない。それで一度は「これで終わり」と割り切ったけれど、私の気持ちは大きく変化し始めた。若者達がどうしてもここに置いて欲しいと言って集まってきている。パートさんやシルバー世代の方々も、みんな居心地がいいと言ってきてくれる。清掃をお願いしている福祉団体も喜んで来てくれている。「もしかしたら、これは継続しなくはいけないのかもしれない」と感じるようになっていたのだ。それならば後継問題から逃げるのではなく、NPOフュージョン長池を後継してもらえるような組織にするために、積極的に取り組んでいこうと考え始めた。 継承の方法 継承の方法はいろいろある。最も多いのは第一世代の仕事を、丸ごと第二世代に継承する方法。第二世代は二代目、などと呼ばれるが、親の事業を子がそのまま継ぐというようなわかりやすい継承だ。日本古来の農村では親から子へ、子から孫へと世代が繋がれてきたのだ。 第二に、DNA分散型継承がある。例えば、私が研究会などで経験や知恵を語る。参加者は自分の理解できたことだけを持ち帰るが、それによって私のDNAが部分的に継承される。会合参加者100名に話をすると、DNAをきちんと継承してくれるのはせいぜい1名だろう。しかし、DMやチラシの効果が一般に1/1000であることを考えると、かなり効果は高い。地域づくりNPOの活動でもやはり1/1000程度。しかし、地域の祭りなどを継続的に行っていると、イベントで100名くらいのスタッフが手伝ってくれるようになる。この中からキラ星のようなスタッフが生まれてくるのが楽しみだ。また、20年も活動を続けていると、開始当時子供だった参加者が、母親になっていることもある。これはとても嬉しかったし、誇りに思う。私たちは、このような「人材供給のポンプ」でありたいと思っている。 第三に、暖簾分け型継承がある。自分は八王子市で「NPOフュージョン長池」を、多摩市で「NPOフュージョン」を設立・運営してきた。「NPOフュージョン」は、国交省の事業を3年間行ったことがあり、それなりの実績とブランドがある。これを信頼する友人にそのまま「暖簾分け」をした。 第四に、ノウハウ提供型継承がある。NPOフュージョン長池の事業パートナーである富士植木が、神奈川県内のある緑地の指定管理者になり、NPOフュージョン長池は後方支援を行うことになった。このため、富士植木の女性社員に、2週間に1回、日記を送ってもらうことにした。日記には(1)事実のみを書く、(2)良い報告は不要、トラブルや困ったことを中心に書いてもらう、という約束。私は日記を詳細に読んで、コメントを返していく。なかなかしんどい仕事だが、このようにして、自分のノウハウが富士植木に継承されている。 土着の地域貢献型NPOを残していくなら、親世代から子世代へ、子世代から孫世代へと、世代をつなぐという後継手法がふさわしいのではないか。ただ、自分が行ってきたことをダイレクトに後継するだけではいけない。分散して継承していくべきなのである。松下幸之助は、松下電器だけでなく多数の関連会社をつくり“松下連邦”を形成した。これによって、社長を多数輩出すると共に、分散継承を行った。また、PHPを創立して書籍を世に残した。松下政経塾で人材育成も行った。これらによって、松下幸之助死後も松下イズムは消えずに残っている。 組織と継承 改めて、継承とは何か。多くの人は「組織の継承」と理解するが、それで良いのだろうか。多様な継承の仕方があるはずだ。組織そのものの継承ではなく、課題抽出のノウハウや、実行に向けたプランニングのノウハウなど、ノウハウを継承することが重要なのではないだろうか。 地域は、良い意味で人の集合離散を繰り返している。たとえ構成メンバーが変わろうとも、継承して欲しいことは「人に優しいこと、人のやりたいことを認めてあげること、誰かが困ったときは集まって助け合うこと」に尽きる。自分は、個人の夢を融合しながら活動していきたい。多様な個人が集まって中味をつくり、個人ではできない部分をNPOフュージョン長池という組織が「薄皮」のようにくるむ「薄皮まんじゅう」のような組織をつくってきた。組織が何を生み出すかが重要なのではなく、組織の構成員である個人がHappyであること(To Be Happy)が重要なのだ。 NPOの継承は、組織の原点だ。昔の経営学の教科書で、こんな比喩を学んだ。二人の旅人が一本道を歩いていく。三叉路を大岩が塞いでおり、先に進めない。二人は別々の道に行きたいのだが、力を合わせて岩を動かし、どちらかの道に進むことにした。そこで大岩を前に話し合いを行う…というもの。これが組織の原点と考えている。個人なら自分が好きな方に進めばいいだろう。しかし、それぞれの意見を出し合って融合していく。それが組織というものだ。 継承と人材育成 組織の継承がすべてではない。徳川幕府は250年続いたが、ついには倒れた。しかし、優秀な幕臣は明治新政府にも参画した。組織は消えても、人は残る。では、継承に当たり人をどう育てるのか。私は、人間が人間を育てることは出来ないと思っている。人は「勝手に育つ」ものだ。そのためには夢と舞台を与えることが重要である。まずは「こうなりたい」という自分を肯定してくれる人、そして、やらせてくれるだけの舞台を提供する。 たとえ意欲の高い人が集まった研究会でも、回を重ねると参加者は次第に受け身になってくる。講師から面白い話を聞くことだけを期待するようになる。このため、私は「互学互習」(ごがくごしゅう)をテーマに、研究会の途中から、メンバーに「良い話」「困っている話」を一つずつ持ち寄り、1人15分で話すように呼びかけている。1人1人の意識が高まり、全員が積極的に話し合う。良い事は共有し、困っている事は意見を出し合い、助け合う。これによって解決出来た問題もたくさんあるのだ。 「萌芽更新」という言葉がある。自分がまだ元気なうちに次の世代を育てながらフェードアウトしていく。「ある日突然私が倒れて後継指名されて慌てるのと、早めにバトンタッチされて、叱り飛ばされながらがんばるのと、どっちが怖いか?」と迫られれば彼らとしても選択の余地はない。自分の時代が終わることは、早めに口にしている。 里山民主主義 私は「里山民主主義」というものを提唱している。経済至上主義ではない、いわば人間至上主義とも言えるだろう。里山は遠い昔から、人の生活に密接に結びついてきている。土がとても大切であり、江戸時代の日本人は、藩校などで人材育成という「土づくり」を行ってきた。これがあったから、江戸では江戸まち文化と呼ばれる庶民文化が隆盛した。鎖国時代に、外の文化を取り入れず、国内だけで良質のガラパゴス文化をつくることが出来たのだ。 江戸時代の百姓は、言われなくても仕事をした。庄屋さんは百姓や武士の利害を、出しゃばりすぎないようにしながら調整していた。民主主義を議会や会議に頼るとコストがかかってしまう。“何となく”の意思決定を日常的にしていくことも、民主主義なのだ。里山は日本の心の原点。何事も、美しく曖昧にしておくことで万物を育んできた その土地を知りつくした里人と、新しい知見をもたらす旅人が融合していく社会こそ、日本人の特性を生かした新しい生き方だ。里山の思想は世界に誇れる。「里山」という言葉は翻訳できない。国際会議でも、SATOYAMAで通用している。SATOYAMAは人と豊かな自然が共存する空間であり、これからもずっと守り続けていくべき日本の大切な宝だろう。

  • 玉沖 仁美
    玉沖 仁美
    (たまおき ひとみ)
  • 2015年1月21日
    第5回 地域コーディネーターに求められるもの ~ 姿勢とスキル
  • 姿勢とは地域コーディネーターとしてのスタイルやポリシー、スキルとは技術を指しています。この2つは車輪の両輪のようなもので、両方を持ち合わせたいものです。 姿勢について 例えば「あなたはどのような地域コーディネーターになりたいですか?(なのですか?)」と質問されたら、どう答えますか? 答えに悩む方は、まずは自分のスタイルやポリシーを明確にすることをお勧めします。地域の皆さんとプロジェクトを進める中で「あなたは(地域コーディネーターとして)どう思いますか?」と意見を求められることも、しばしばあります。 例えば私の場合は、 ・ やってあげるのではなく、自分達でできるようになっていただく仕組みをつくる ・ 地域の皆さんが主役であり、自分は黒子に徹する ・ 皆の想いが反映されている目標設定を、入念に設計する ・ 達成することにこだわり、皆で目指したくなるステップを示す ・ 自らも一緒に行動し、難易度の確認をする などがあります。 新人の頃には、仕事として一生懸命頑張ろう、としか考えが至りませんでした。しかし、活動を進めて行く中で、心に響いたこと、叱られたことや失敗を通じて、逆に「こうありたい」と思うようになっていきました。これから取組む方は、プロジェクトを経験する中で明確にされると良いでしょう。 スキル 一方、スキルについては、専門分野や得意分野において技術を明確にし、磨き続けることに尽きます。共通して何が必要か?となると、分野によって変わりますが、私は、(1)モノづくり、(2)人づくり、(3)仕組みづくり、という3つに整理しています。 (1)モノづくり:地域に根付いているものから産業を生み出すスキル 昨今の地域振興方策においては、かつてのような大規模な企業誘致・公共工事は現実的ではありません。人口が減少していても、ミニサイズではありますが産業が起こせると信じています。モノづくりには、観光プログラムを作るというような無形のものと、お菓子の商品開発というような有形のモノづくりがあります。そして、地域振興のモノづくりには必ずストーリーがあります。それをどう編集し、商品に落とし込んでいくのか?というスキルです。 (2)人づくり:地域の皆さんが自分で行動できるようなるまでサポートをするスキル 目標に向かって役割を担った皆さんが、自ら企画し行動できる知識や技術を身につけていただくことですが、言い換えると人材育成です。人材育成と聞くと座学で講座を行うことをイメージしやすいのですが、目的や目標によっては、その限りではありません。カリキュラムは?講師は?学んでいただく方法は?・・・と、実に多くのことを考えなければなりません。 この人づくりは、長く続く仕組み化にも深く通じています。技術や知見を継承していく可能性や、指導する側に立つ講師に育っていく可能性もあります。機械的に消化するのではなく「誰を対象にどのような力を身につけて欲しいのか」ということから考えて、対象となる皆さんに合った内容を設計することが重要です。 (3)仕組みづくり:完成したものを持続的なものにするシステムをつくるスキル 民間のビジネスと違って地域のプロジェクトは、仕組み化し、軌道に乗るまで時間がかかるものであることを理解しておきましょう。また、通常のビジネスと違って売上げを上げることだけが目標ではないこともあります。多くの場合は、既に自分の仕事を持ちながら参加される方が多いので、活動時間も限られます。制約が多く感じられ、これでは間に合わないと思いがちですが、焦りは禁物です。最初から短期計画、中期計画・・・と、スケジュールを設定し確かな土台をつくれば大きな効果をもたらします。残念なケースとしては、急いで新商品を作り華々しいイベントを行ったけど、終わったらストップしたまま、という状況です。これは、仕組みをつくるという視点が弱かったケースです。 また、一言で「仕組み」と言っても、目的によって形は違ってきます。最初に皆で話し合う目標設定の中で、十分に議論しておけばどのような仕組みが必要なのかが見えてきます。そして、プロジェクトを経験して行く中で、スタイルやポリシーが変化して行くこともあるでしょう。 私も、もっと皆さんの想いを上手に引き出し、紡いで行けるようになりたい、と思ってコミュニケーション技術を磨く勉強を始め、今も続けています。地域に関わる仕事を始めて20年経ってからいくつかの資格を取得したりもしました。自分のスタイルの変化に合わせて、新たな技術を身に付けていくのも、この仕事の楽しさの一つです。 おわりに 地域コーディネーターの成果は、共有され全国の知見へと発展していきます。重い責任があると同時に、醍醐味でもあります。 この5回を通じて「地域コーディネーターとは、こうあるべき」と、窮屈に思われたかも知れませんが、皆さんの個性を輝かせながら取組んで多くのことに挑戦してください。 ※口絵写真は、渡島半島でのワークショップ風景。地域コーディネーターの仕事は、地域の話を徹底的に聞くことから始まります。

  • 玉沖 仁美
    玉沖 仁美
    (たまおき ひとみ)
  • 2014年12月23日
    第4回 コーディネーターの役割(3)事務局機能をつくる
  • 事務局機能とは 事務局に“機能”が付いているのは、物事が順序よく回って行く仕組み化を指しています。ここでいう事務局機能には2つの意味があります。 (1)プロジェクト進行中の役割分担 第3回でお伝えした「フォーメーションを考える」に通じる部分です。「いつまでに、誰が、何をする」の特に「誰が何を」という役割分担のことです。 よくある例では『新たな地元の特産品を作りたい』という目的に10人くらいの方が集まっておられるとします。  作り手は、どなたですか?  営業しにいく方は、どなたですか?  リーダー(決裁者)は、どなたですか? と、お尋ねすると「皆で協力して進めます」ということで、役割が決まっていません。このままでは毎回、全員が参加しなければならず、完成後も皆でその都度対応して行くことになり、疲れ果てて続けられなくなる、という残念な結果になりがちです。また、何か決断をしなければならない時、全員で話し合って決めることになります。その方法もいいのですが、地域振興のプロジェクトは“正誤”よりも“嗜好”で選択することも多いものです。最後は多数決でも良いのですが個人の嗜好に左右され、本末転倒な結果になることもあります。 私のお勧めは「決める人」という決裁権を託されたリーダーを置くか、各役割の方が権限も併せ持つ、という形です。プロジェクトのスタート時に、役割分担と「決める人」を明確にします。 (2)実施段階を見据えた仕組み化 先ほどの『新たな地元の特産品を作りたい』というのは終了後のことを考えると『新たな地元の特産品を作って売れるようにしたい』ということだと思います。作ったからには買ってほしいと願って取組むはずです。しかし、作ることに目一杯情熱を注ぎ、完成して喜び合って「あれ、これからどうするんだっけ?困った!」という話をよく聞きます。実施後のことを考えながらプロジェクトをスタートさせると、息の長い取組みにしていくことが可能です。私は事業を担当させて頂いている時、プロジェクトを推進する軍資金が措置されなくなっても、地域コーディネーターが任期満了で来なくなっても続くことを目指しています。その為にはプロジェクト終了後の、これからスタートという実施段階には、誰がどういう役割を担うのかを明確に決めておく、つまりは事務局機能を想定しておく必要があります。この(1)(2)を設定しておけば、長く続けて行ける仕組みをつくることができます。 よそ者ならではの役割 第3回で紹介した沖縄県国頭村のケースでは、いわば人的体制をつくることが最大のポイントでした。そうなると関係者に、 ・誰が何についてどういう見解なのか? ・どういう人がどういう役割を担うのか?担えるのか? という意見を聞き、整理することが必要でした。 このような場合、国頭村に限らず「自分はこう思うけど、○○さんに反対されている」「自分は参加したいけど、○○さんに遠慮がある」など、価値観の相違や人間関係の話など、多岐に渡ってきます。私のような「よそ者」が地域コーディネーターだと良い意味での第3者であり、2者間の異なる意見の調整役や、それぞれの役割を活かし合えるコーディネートが担えます。これは単なる愚痴の聞き役ではなく、わずかな誤解から生じたもつれた糸を解きほぐすことや、良い化学反応が起こせると感じたら新たな糸を結んで行く役割です。また、場面によっては「何を言うか」よりも「誰が言うか」ということの方が、理解され易いこともあります。このようにコミュニケーションをスムースにし、それぞれの意見を依り合わせていき、皆さんの想いをベースに置きながら進めることで「自分たちの事業」になり、地域の皆さんが主役として活躍して行けるのです。プロジェクトの成功にはモチベーションが維持できることや、気持ちよく参加できる環境は非常に重要です。「よそ者」というと良いイメージを持ちづらいですが、「よそ者」だからこそ役に立てる“よそ者力”というのもあると思います。 仕組み化へ いよいよスタートという時、私は地域コーディネーターの評価は、ここから目に見えると考えています。完成度の高いプロジェクトの計画と、高いモチベーションが発揮できる事務局機能ができています。スタート時は、作った機能が使われる機会を多く作り、ベストなものかどうか、いわばチューニングの作業が必要です。修正した方がいいことがあれば、柔軟に修正を繰り返します。やりづらさがあるのに反映されなければ組織にも気持ちにもストレスがかかってしまうので、コミュニケーションの頻度を多く持ちたいものです。計画を遂行し、事務局機能を整える、そして土台には皆の紡がれた想いがあるからこそ、長続きする「仕組み化」を創り上げていくことができるのです。

  • 富永 一夫
    富永 一夫
    (とみなが かずお)
  • 2014年12月22日
    第4回 NPOだからできる、スマートな公園管理
  • 「スマートパークアイ」登場 これまで、3回にわたって私たちが経験したことを書いてきた。今回は、今まさに私たちが取り組んでいる事業、現在進行形の試みをご紹介しよう。 私たちは、2014年4月、八王子市東部地区の公園・緑地の指定管理者にもなった。長池公園で管理手法を培ってきたとはいえ、いきなり管理対象が152の公園・緑地に広がるのだ。「本当にできるのか」と危ぶむ声も少なからずあった。 最大の課題は、152の公園のどこで、何が起きているかを、正しく迅速に把握することにある。日々、公園の現場で整備に汗を流し、現状を知っているのは、NPOフュージョン長池と連合体を組む造園会社の職人さんたちだ。しかし、職人さんたちが毎日パソコンで業務報告を作成して送信するのは、なかなかできることではない。ではどうするか?そのとき、報道番組で、市民が市内の落書きをスマートフォンで撮影して行政に通報するという試みを見て「これだ!」と思いついた。すぐさま自治体に連絡を取って、話を聞きに行った(私の行動は素早いのだ)。担当の方から、実務的に貴重なお話を聞かせていただいた。 職人さんたちは、工事の前と後に写真を撮って記録するという習慣がついている。この習慣を生かして、スマートフォンで作業前後の様子を撮影してアプリで送信してもらえば良い。報告書を作成する手間が減る、追加されたのは「送信する」手間だけだ。私たちは送られてくる写真をデータベース化するシステムを用意した。これで152の公園の様子が効率的に把握できるようになった。私たちはパソコン上で公園名と現状を確認し、適切な情報管理をすることができる。新たな公園管理システム「スマートパークアイ」の完成だ。 「地域の多様な人材」登場 指定管理者として、市民に気持ち良く公園を使っていただくためには、緑地管理や修繕だけでなく日々の巡回清掃が欠かせない。このため、ユニークな3つの団体に協力を仰いでいる。第一に、女性だけの清掃チームだ。男性よりも、きめ細やかな清掃をしてくれるのがありがたい。安全を考えて2名でチームを組み、現在3つのチームが稼働している。 第二に、シルバー人材だ。152の公園の中には、利用頻度が高い公園がある。そういった場所には手厚い人員配置が必要で、シルバー人材の方々が欠かせない。シルバーの方々には長時間の労働は求めない。一人1日3時間からの勤務で、多くのシルバー人材に従事してもらっている。 第三に、福祉団体(精神障がい、知的障がい)の方々だ。福祉団体の方々が就労することは難しいが、実は簡単な仕事ならば健常者よりもきちんとやってくれることが多い。揃いのユニフォームを着て、大勢で楽しそうに仕事をしている。住民が声を掛けてくれることもあり、治安維持にも一役買っている。なお、福祉団体に仕事をお願いすると、行政の福祉予算から支援がある。私たちだけでは十分な報酬は支払えないが、足りない分を補っている。 この他にも、様々な人たちが関わっている。地域の大学の学生たちがオープンカレッジで製作する竹のオブジェのために、トラックを仕立てて竹を引き取りにきてくれたことがある。生育力が強く、なかなか腐らない竹の処分に困っていた私たちにとって、渡りに船だ。困り事同士がうまくマッチングした好例だ。 人間だけではない。近隣の牧場のヤギを公園・緑地に連れてきて、除草を行っている。ヤギで除草の効率が上がるわけではないが、親子連れの利用者や近隣住民の癒し、知的障がい者のアニマルセラピーになるし、ヤギを飼っている元・酪農家の方に大きな生きがいを提供できたことも嬉しい。 「刈り残し」という環境保全 「刈り残し」という、新しい公園管理の考え方にも触れておこう。公園を整備する、というと下草を綺麗に刈り込むことをイメージする人が多い。しかし、草木を無差別に刈り込んでしまうと、公園内に、野鳥が巣を営んだり、ウサギやタヌキが遊んだりする場所が無くなってしまう。「綺麗に刈り込む」ことは、実は人間の勝手な都合なのだ。「自然を愛する」と言いながら、見た目の綺麗さを求めることと環境保全は、大きく矛盾していることがある。 私たちは、多様な生き物の居場所を確保するため、公園の一部をわざと「刈り残し」て、手つかずの状態に保つ手法を試みている。だが、そうすると、一部の利用者から「公園管理がなっていない」「手を抜いている」と苦情を受けることがある。「刈り残し」の効能は、説明してもなかなか分かってもらえないので、結局、泣く泣く刈ってしまうことになる。怒っても仕方がない、理解してもらえるように説明できなかった私たちが悪いのだ。そこで、次からは、と看板を整備して、「刈り残し」の意義を説明する。時々、看板の前に立ち尽くして説明を読みふけっている利用者を見かけることがある。そんなときは「これで理解者を一人増やすことができた。一歩前進だ」と嬉しくなる。 地域社会は企業組織ではない。ルールを決めて押し通すわけにはいかない。そこで、押したり引いたりしながら、落としどころを見つける努力をする。白黒をつけないところがいいのだ。地域コーディネーターは、こういった「良質な曖昧さ」を大事にする。 成果を左右する「人組み」「組織組み」 ここまで、最新の取組を紹介してきたが、公園を利用する人、働く人、様々な人が登場していることにお気づきだろうか。これらの人々は、言うなれば多様に咲き誇る「お花畑」だ。お花畑の「表土」になっているのが、公園の指定管理者である私たち「スマートパークス由木」や「フュージョン長池公園」という連合体だ。さらに、私たちの活動を、公園という財産の所有者である八王子市が「岩盤」となって支えている。 指定管理者制度が生まれる以前は、「岩盤」である八王子市等の行政が、「表土」の役割も担っていた。そうすると、どの公園でも平均的で同じようなサービスを提供することになる。「お花畑」である多様なサービスを求める利用者には喜ばれなくなっていた。しかし、民間の指定管理者は管理範囲が限定されているため地域の風土や住民気質の実情に合った管理ができる。行政にとっても、地域による公園管理手法の違いは指定管理者の違い、と説明できるので、ありがたい制度と言える。 八王子市東部地区の152の公園・緑地は、NPOフュージョン長池だけでは管理できない。このため、造園会社と電気工事会社3者で連合体を組むことにした。いずれも地域の立派な法人だ。その際に、NPOフュージョン長池が、企業2社の代表に立つのは、具合が悪い。考え抜いた揚句、「一般社団法人スマート」を設立して代表団体にし、3社はいずれも一般社団法人の対等な構成者と位置付けることにした。これによって、特定の企業・団体に権限が集中しない仕組みができた。また、リスクも4者に分散することができる。その上、意思決定権も明確になる。このようなやり方は、15年かけて積み重ねてきた私たちの知恵の結実だ。 地域コーディネーターの大切な仕事は、人や法人などの資源をどのように組み合わせるかにある。まず、人や組織が集まる目的を明確に示す。次に、地域の関係者が納得できる組み合わせと役回りを示す。最初の「人組み」「組織組み」が、成果を左右する大きな要因になる。私たちの現在の取組は、「一般社団法人スマート」の設立という手法を編み出したことで、未来につながる大きな一歩を踏み出したと考えている。

  • 玉沖 仁美
    玉沖 仁美
    (たまおき ひとみ)
  • 2014年11月25日
    第3回 コーディネーターの役割(2)地域の人が主役
  • 地域の人が主役とは? そもそも地域づくりとは、何かの事業をスタートさせる時に初めて取り組むものではありません。今までの流れの上に、より心豊かになれる地域の環境を整えるのが目的です。そのツールが事業であり、設定されている目標はみんなの叶えたいことです。そう考えれば、その地域に住んでいる人が「主役」であることは自然なことだと考えています。 私はこの「主役」ということに3つの意図をこめています。 (1)主役の意向が反映されていること 取組む内容にもよりますが、例えば地域コーディネーターと事務局の二者間だけで話を進めていくのではなく、主役の意見が反映されていること。 (2)主役の皆さんが行動し成果を挙げていくこと 自分で行動して成果が挙がったことは、更なるモチベーションと、次の打ち手の発案を生み出します。その機会を創るためにも主役の皆さんに行動していただきます。 (3)成果は主役が味わうものである 成果が表れた時、地域コーディネーターが手柄を一人占めするような事を言い、一緒に頑張って来た方々は「気持ちが冷めてやる気を失った」という話をよく聞きます。成果は主役に一番味わっていただきたいものです。 フォーメーションを考える 地域の皆さんが主役、地域コーディネーターは優秀な黒子でありたい、と伝えてきました。例えるなら、地域コーディネーターはサッカーでは監督のような役割も併せ持ちます。今日のゲームに勝つという成果を挙げるために、フォーメーション(配置)を考えますよね。そこに個々の役割分担を明確にし、共有します。更にタイムスケジュールを設定します。フォーメーションが整い、役割分担が明確で「いつまでに、誰が、何をする」ということが共有でき“監督”のマネジメントが機能していれば必ず成果に向かって前進できます。 沖縄県国頭村の例 沖縄本島最北端に位置する国頭村(くにがみそん)にて、地元ならではの観光「国頭ツーリズム」を立ち上げるというプロジェクトに携わりました。当時、国頭ツーリズムを推進するにあたり、賛成・反対の両方の声があり役場は推進に躊躇されていました。そこで住民の声を聞くことを提案し、全戸に意向調査を行いました。結果は約9割が賛成。それが確認できたので、次のようなステップで進めることになりました。 関係者で話をする場をワークショップ形式で設置→国頭ツーリズムプログラムを作りモニターツアーで検証→今後に向けて事務局機能をつくる。どのステップにおいてもフォーメーションを組み、必要な役割分担を決め、スケジュールを共有しました。 月に1度設けたミーティングの際には自ら行動した結果として、どんどん新たな提案が出てきました。例えば、モニターツアーの前には「観光客と話したことがないので話し方の講座を開いて欲しい」→これは国頭ツーリズム大学という全4回の講座にしました。「現地に行って地域資源の確認をしたい」→地元に詳しい方を講師に招いて皆でフィールドワークを実施しました。「モニターツアーの準備は自分たちでやりたい」→自由に準備物を購入できるよう予算をお渡ししました。「お土産の開発もしたらどうか」と試作品まで作って集まるようになりました→これは産品開発も急遽、取組内容に加えパッケージまで作りました。 住民の皆さんの意向を事業のベースにしているので気持ちが揃います。それを元に自ら行動することで「こうすればもっと上手く行くんじゃないか」とアイデアが湧きます。その発意を柔軟に取り入れることで成果や皆さんの喜びの大きさが変わっていきました。 リーダーシップは誰の中にもある 国頭村の例では、行動して成果を掴むことを繰り返し、住民の皆さん側にリーダーシップというものが生まれたのです。その後、翌年に皆の願いだった「国頭ツーリズム協会準備室」が役場によって設置され、その翌年に本格稼働しました。その2年後、更に発展を遂げNPO化。私と一緒に取り組んだ4年後のことです。今でも活発に活動されており、村の大きなプロジェクトも担っておられます。 この事業では、リーダーシップとはリーダーにだけあるものではなく、誰の中にもあることに気づかされました。各自が役割を務めていく中で、自分の役割のリーダーシップを発揮している様を目の当たりにしました。よく地域づくりにはリーダーが重要という話を聞きますが、素晴らしいリーダーの元では各役割のリーダーシップが引き出されているのだろうと思います。地域の人が主役となって進められていくには、個々の皆さんのリーダーシップが引きだせることもポイントの一つだと思います。

  • 富永 一夫
    富永 一夫
    (とみなが かずお)
  • 2014年11月21日
    第3回 地域づくりNPOのビジネスモデル
  • 経営の4資源を理解して 地域づくりに関わる人(地域人)も、ビジネス手法を理解することは重要と考えている。地域づくりを持続的に組織展開するためには、特に必要ではないだろうか。ビジネスの世界では、経営を4資源「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」に分解して考えるマネジメント手法を、長い年月をかけて洗練させてきた。地域人も、この4資源を理解してマネジメントに携わると「想いや志の実現性」をより高めることができると考えている。あるいは、マネジメントに熟達したビジネス経験者が、地域づくりに参加することで、新しい世界が開けてくるのでないかとも期待している。 今回は、地域づくりの「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」について書いてみたい。キーワードは「多様性」だ。 「ヒト」の多様性 NPOフュージョン長池は、実に多様な立場の人たちと関わっている。行政人(中央官庁、東京都、八王子市)、企業人(造園業者、電気工事会社)、教育人(幼稚園・保育園、小中学校、大学)、福祉人(障害者団体)等々だ。これらの人たちと、共生しながら地域づくりを行っている。とりわけ、地域人(ボランティア、有給スタッフ)との共生は重要なテーマだ。2013年度には延べ3,275人のボランティアの方々が参加し、延べ18,625時間もの活動をしている。 ただ、意外に思われるかもしれないが、私たちは最近までボランティアの募集をしたことがなかった。ボランティアを「お願い」したことがないのである。「ボランティアをしたい」、「NPOで活動して自分の夢を実現したい」といって訪れる人を受け入れてきだけだ。 ボランティアは無償の行為だから、責任感を強く持ってもらうことが困難である。台風が来たり、酷暑・厳寒の日があったりするとお休みになるのも当然であろう。一方で、受入側は、十分に準備を整えて迎えないとボランティアの方々に失礼になる。一般の企業で、このような「ヒト」を用いて効率的なマネジメントをすることはできるだろうか?恐らく難しいだろう。 このような無償の好意の人たちに責任感を持って活動してもらうために、私たちは「~をして下さい」という「お願い(指示)」をする代わりに「何がしたいですか?」、「何が得意ですか?」、「こんなことができると助かるのですが・・」とつぶやいてみる。すると「それなら自分は、これをやりましょう」という人が出てくるので、「嬉しいですね」、「無理しないでやって下さいね!」ということになる。ボランティアを指示され、やらされるのではなく「自らの意思でやりたい」ということになると、人は自然に喜びと責任感が湧いてくる。その上で、最初に本人が「やれる」という回数や量を半分程度に減らす。「まあまあ、無理しないでいきましょうよ」ということだ。ボランティアマインドが旺盛の方々は、どうしてもやる気が過ぎるからである。これを私は「割る2の大原則」と言っている。地域づくりにおける「ヒト」のマネジメントのコツの一つだ。 もちろん、この図式を成り立たせるためには、私たちは、ボランティアよりも圧倒的に高い力量を維持しなくてはならない。また、ボランティアをしたくなるような魅力的な情報発信が欠かせない。 「モノ」と「カネ」の多様性 NPOフュージョン長池には、多様な「モノ」が集まってくる。それも、寄贈品や貸与品だ。スタジオジブリからアニメ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」の原画が届いた時は大変に感謝した。貸与物件として大切にお預かりし、長池公園自然館で展示している。また、カゴメ株式会社から毎月約100ケースのジュースを無償提供いただいている。図書など、個人からの寄贈品も数多い。 通常、気を付けなければいけないのは、寄贈者が誰かということだ。しかし、我々の場合は、相手の氏素性がわかっているので難しくない。一方で行政の場合は、ふさわしくない寄贈品を受け取ると後々問題になる。だから寄贈者の審査が必要だ。NPOに信用力がついてくると寄贈品という「モノ」の価値が多様に集まってくるのである。 NPOフュージョン長池の「カネ」、つまり資金源は、八王子市指定管理の基本協定金、修繕協定金、公共料金協定金といった、八王子市からいただくものが大きい。ただし、指定管理者は、予算に対して赤字を出すと自ら補填しなければならず、儲けてもいけない、この赤字補填リスクに対応するためには、NPOフュージョン長池が独自に産み出す資金が必要になる。それが、広報紙への広告掲載料だったり、福祉作業所の製品の展示・販売手数料だったりする。NPO法人の「カネ」のマネジメントの多様性だ。 「情報」の多様性と活動の継続性 「ヒト」の多様性のところで、「ボランティアの募集はしない」と書いた。それにも関わらずボランティア希望者が集まってくるのはなぜか?私たちが、魅力発信に力を入れているからだと思う。多額の広告費を使うことが単純に魅力発信ではない。広報誌「みんなの長池」の発行は大切にしているが、ポスターを1枚貼ること、施設を綺麗に掃除することも魅力発信の一つだと考えている。八王子市蓮生寺公園の「ふれあいの丘」に建つ管理棟(通称:ふくろうの家)に来て欲しい。天井まで吹き抜けの開放感のある白亜の建物だ。2014年の4月から指定管理者として懸命に美しい管理方法を工夫してきた。エントランス広場(通称:とちの木ひろば)には近隣の小学生の描いた絵が丁寧に掲示してある。公園内のあちこちには植物名ラベルが多数表示されている。こんなことも魅力発信になる。 何よりも、私たちが魅力ある夢を対話(情報発信)することが大切だ。美しい花にハチが集まるように「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」が集まってくる。それによって、夢が形になっていく。それがまた魅力となって多様な社会資源が集まってくる。情報発信力が、情報受信力を育てるのだ。 2014年12月で、NPOフュージョン長池は設立15年を迎える。暮らしの支援事業を手掛け、「地域の人たちの幸せのみ」を考えて活動してきた15年だ。その過程で、NPOならではの多様な「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」のマネジメントに自信がついてきた。それで、ようやくボランティア募集を解禁することにもした。募集に応じて3名の方が手を挙げてくれた。「生きがいを求めてボランティアに応募した」のだという。 私たちは、多年草だ。来年も次の花が咲くように、人が集まるように、土壌を整えておかなければいけない。この土壌を次の世代にどう引き継ぐかを、この頃真剣に考えている。

  • 玉沖 仁美
    玉沖 仁美
    (たまおき ひとみ)
  • 2014年10月22日
    第2回 コーディネーターの役割(1)チームをつくる
  • 事業の組み立てとチームづくり 地域コーディネーターとしてプロジェクトや事業を推進する場合、どのように取り組んでいくのか?どのような時間軸で取り組むのか?などが決まったら、私はまずコーディネーター側の体制整備に取り組みます。内容によっては、自分以外の専門家の技術も必要な場合があります。ここを軽視してなんとなく自分の持ち得る範囲で進めるのは地域の皆さんに失礼だと思いますし、地域の皆さんには一流の専門家の技術に触れる経験もしていただきたいと思います。地域の皆さんの役割分担と、コーディネーター側の体制が整うことで事業全体のフォーメーションができ上がります。これで初めて事業の組立ができ上がるのだと考えています。 海士町の「さざえカレー」プロジェクト コーディネーター側の体制整備とは、組立てたコンテンツを実現していくチームを作ることです。ここでは私が担当させて頂いた島根県海士町(あまちょう)の「さざえカレー」の商品開発を例にお伝えします。 海士町のある隠岐諸島は島根半島の沖合60キロの離島で、牛肉が手に入りにくい土地柄のため、家庭のカレーには昔から肉の代わりに「さざえ」の身を入れてダシを取っていたそうです。地元では当たり前の家庭料理ですが、町内の飲食店で観光客が興味深く注文されることが話題になり、さざえカレーを商品化して、海士町の産業創造につなげる目的でプロジェクトがスタートしました。観光振興、農業・漁業の振興もテーマの一つでした。このプロジェクトは、私のほか、以下のチーム編成でスタートしました。 ・観光振興ビジョンの指導をして下さるプロ ・レシピを開発するコンサルタント ・パッケージデザイナー 家庭料理くらいしか経験の無い私が、地域の皆さんと相談しながら作るのでは、市場競争が激しいレトルトカレー分野で生き残ることはできません。さざえカレーが商品として産業創造の成果を出していくには“工業規格品”としての完成度が必要だと考えました。チームにおいて私の任務はプロジェクトの全体設計と全体のマネジメントです。 チームづくりで大失敗 チームも整い事業が進む中、私は事業の年度半ばで大失敗をしてしまいました。それは町内の関係者が参加される最初の試食会の時、プレゼンテーションしたカレーが、全員が美味しいとはとても言えない味だったこと、要は不味かったのです。その理由は、さざえカレーは、レシピ開発のコンサルタントの方の指導に沿って作ったのですが、味がちょっと違うと思った時、味の調整ができる技術を持った方ではなかったということにあります。コンサルタントの方に問題があったのではありません。私の失敗は、レシピ開発をお任せする「専門性」の選択を間違えたことなのです。このプロジェクトでは、日々料理を作り、時にはお客様に叱られることで鍛錬を繰り返した経験を持ち、調理指導もできるシェフにお願いするべきでした。また、現場で調理に携わる町の方々がレシピ通りの味を再現できなければなりません。それには口頭でアドバイスをするだけではなく、技術指導ができる方が必要だったのです。 そこで、大至急、チームを再編成しました。この時、理想とするシェフの知り合いなんて居ませんでしたが、知らないでは済まされませんので必死で探して、フランスの二つ星レストランでの経験があり理想通りの素晴らしいシェフに加わっていただくことができました。チーム編成で見誤ってはいけないのは当然ですが、これでは成果が出せないと思った時は再編成の決断と実行が必要です。このような対応もコーディネート力の一つです。 この一件で、私は海士町からの信用はゼロになりました。当然のことです。私の失敗が響いて、翌年は事業が1年ストップする事態を招いてしまいました。その後、ありがたいことに再び携わるチャンスをいただき、地域の皆さんと3年かけてさざえカレーのデビューに漕ぎ着けました。スタート時からの現場のメンバーの皆さんの努力はとても語り尽くせません。小さな工場で手作りされるカレーは最高時52,000個(年間)を売り上げました。その後も2万数千個(年間)を推移するベストセラー商品になっています。私もお陰さまでずっとご縁をいただき今は更なるチャレンジを一緒にさせていただいています。このときの失敗が、事業に向かう私の姿勢の基点となっています。 しくみをつくる 地域づくりは、地域が主役で現場が第一です。現場で活動する皆さんと寄り添いながら推進したいものです。コーディネーターだから横で見ているだけではなく、私は一緒に行動をしたいタイプです。なぜなら、そうすることで課題も見つかりより高い成果を生み出せるからです。 さざえカレーの時も一緒に玉ねぎを刻んでみて調理器具の課題を見つけるなど、皆がやりづらいことや疑問に思うことに気付きました。ある時は、衛生管理に課題があることが分かりました。尋ねてみると、現場の皆さんが衛生管理の知識を持ち合わせていないことが分かったため、チームに衛生管理のプロに加わっていただくことにしました。その後、現場の方々は見事に技術を習得され、課題は解決できました。このように現場に寄り添って一緒に行動するからこそ発見できることがあります。 私はコーディネーターとして、代わりにやってあげるのではなく、現場の皆さんが自分たちでやれるように実施サポートをする役割でありたいと思っています。その進め方には、コーディネーター側もチーム化し、ベストな状態に向けて臨機応変に再編成も行う、そして事業全体のフォーメーションを整え、〝やってあげるのではなく自分でできるようになる〟実施サポートを行い、いずれコーディネーターがいなくなっても長く続くしくみを作ることを目指しています。 次回は、地域の皆さんが主役となってしくみをつくっていくお話をさせて頂きます。

  • 富永 一夫
    富永 一夫
    (とみなが かずお)
  • 2014年10月1日
    第2回 コーディネーターに求められる「人間力」
  • お世話係型リーダーシップ 前回は、ピラミッド型組織と比較して、地域づくりには「文鎮(ぶんちん)逆さ型」リーダーシップが必要と書いた。どちらが優れているということではない。時代と社会によって求められるリーダーシップの在り方が異なるのだ。例えば、狩猟民族はどうだろう。強力なリーダーが先頭に立って、狙った獲物を追い込んでいく。リーダーはメンバーの役割を決めて厳格に守らせる。そうでなければ、獲物が獲れるはずはない。 では、今の日本に求められているリーダーシップは何だろう。私は、形で言うなら「文鎮逆さ型」、機能・役割で言うなら「お世話係型」リーダーシップだと考えている。そして、お世話係であるリーダーの力の源は「人間力」に尽きる。 お世話係は、皆の先頭に立って集団を引っ張るようなことはしない。後ろに控えていて、「こっちの方に行った方がいいんじゃないですか」と、より良い方向を「指」で示し、皆を「導」くことが役割だ。その意味では、リーダーと言うより「指導者」と言った方がしっくりくる。 まるで、庄屋さんのように お世話係型リーダーとは何をする人なのか。お世話係は決して自分が主役にはならない。自分以外の人を主役にして、その人にとっての幸せとは何かを考え、アドバイスを送り、激励し、時には説教もする。 もう一度、江戸時代の庄屋さんを思い起こしてほしい。庄屋さんが束ねていた農民は、今風に言えば「一人親方」だ。「百姓とは、百の技を持つ人」だという。一人一人が、農作物をつくる上で必要な技術や現場力を持っており、自分の食い扶持をたくましく稼いでいる。もちろん、人によって技術レベルの違いはあるだろう、出来高の違いもあるだろう。それでも、互いを認め合い、干渉せずに、平和な集落を形成していた。農作物をつくるには、水が欠かせない。溜池に溜めた水が、高いところから田畑を順にうるおしていく。分け隔てなく、平等に。農民は「一人親方」だけれども、水利や田植え、稲刈りでは“お互い様”の原理が働いて、協力しあう。それでも、やむを得ず生じる凸凹をうまくならすのが庄屋さんの役割だ。 庄屋さんは、現場力では農民にはかなわない。それでも、皆の愚痴を聞いたり、夫婦げんかの仲裁をしたり、何くれとなく面倒を見ることで、農民に慕われていた。農民と武士の板挟みになるときもあっただろう。ある時は、農民の声を代表して、お代官様に言いにくいことを言い、ある時は、お代官様の顔を立てて農民に年貢の増額を求めたりする。庄屋さんの役割は、このようにして集落の調整機能を果たすことにある。うまく調整する力こそが庄屋さんの「人間力」なのだ。 現代の地域コーディネーターは、実は、江戸時代の庄屋さんに非常に近い。もちろん全ての庄屋さんがモデルではない。人望のある庄屋さんは、こんな役割を果たしていたのだろうと、私は思っている。 365日、駐車場の鍵を開け閉めする これからの日本では、お世話係の機能を果たす人が今以上に必要とされてくるだろう。このような人が活躍する社会を、私は「役割分担型社会」と呼んでいる。 役割分担型社会では、人は、ピラミッド型組織のように上下関係で結びついているわけではない。メンバーが互いの役割をきちんと果たすことで、認め合い、結びついている。地域づくりで言えば、最も高い問題意識と熱意を持った人が、まず「こんなことをやってみたい」と手を挙げる。それを見て興味を持った様々な人が集まってくる。熱意には程度の差があるから、早々と抜けていく人もいるだろうし、残る人もいる。そして、最後まで残るのは、明確かつ具体的な役割を持って参画してくる人たちだ。たとえ考え方が同じ人でも、具体的な役割を果たせない人は、結局離れていく。 地域づくりには、いろいろな役割がある。目立つ役割もあれば、地味な役割もある。私たちが指定管理者として運営している長池公園には駐車場があり、この駐車場のゲートを時間通りに開け閉めするにはどうするかで頭を悩ませていた。すると、一人のお爺さんが、その役割を買って出てくれた。お爺さんには持病があり、無理はできない。「自分には、こんなことしかできないからね」と、鍵を預かったお爺さんは、以後、365日、一日も欠かさず、雨の日も風の日も時間通りに駐車場のゲートを開け閉めしてくれている。本当にありがたい。地味な役割を確実に、淡々と果たしてくれるこのような人こそ「人財」だ、宝だ。 お世話係型リーダーは、このような役割を持った人たち一人一人に心地よいポジションを与え、凸凹をならし、みんなの気持ちと役割を調整することが役割だ。そして、一人一人に「ありがとう」「助かるよ」と声を掛けながら、みんなに「良質なタコツボ」を用意していく。タコツボが全て悪いわけではない。お互いの役割に干渉せず、「まあいいや」「こんなところかな」と納得して落ち着ける居場所が得られるならば、タコツボも捨てたものではないのだ。 トラブルへの対処で問われる人間力 お世話係型リーダーが避けて通れないのが、関係者間のトラブルだ。トラブルへの対処で、リーダーの真の人間力が問われることになる。 地域づくりには、様々な立場の人が関わってくる。このため、トラブルの当事者が10名を超えることも珍しくない。そんなとき、どうするか?ありがちな失敗は「じゃあ、みんな集まって話し合いましょう」と会合を持つことだ。それぞれ、立場や主張が異なるので、意見がまとまるはずがない。 私の対応方法は、至ってシンプルだ。一人一人の話を聞く。それも、必ず2回聞く。トラブルの当事者が2名でも20名でも同じことをする。まずAさんの話を聞く。相当文句が溜まっているだろう。それでも「自分も意見を言いながら」ひたすら話し合う。次に、Bさんの話を聞く。併せて、私が理解した現状を説明する。そこにはAさんの意見が反映されている。更にCさんの話を聞いて、説明するときには、私の話にはAさんとBさんの意見が反映されている。こうして、最後の当事者(Gさんとしておく)に会うときには、AさんからFさんまでの話が全て盛り込まれていることになる(私の話はコロコロ変わる。自説にこだわることよりも、全員が納得できる道を探すことの方が重要なのだから)。 一呼吸おいて、今度は、Gさんからスタートして、Fさん、Eさん…と逆回りで解決策を話し合う。もちろん前に会った人の意見が反映されている。こうして、出発点のAさんに戻った時には、当事者全員がそこそこ納得できる共通理解ができあがっていることになる。まるで、座談会を個別に行っていくような感じだ。ここまできて、初めて全員集まって話し合いを持ち、解決策を探る。共通理解があるので、解決は目の前だ。 と、文章にすれば簡単だが、なかなかしんどい作業だ。しかし、お世話係が逃げ出すわけにはいかない。一人一人の話に耳を傾け、共感し、次の人につなげていくことで、人間力が鍛えられていく。地域は、まさに、人間力の道場だ。

  • 玉沖 仁美
    玉沖 仁美
    (たまおき ひとみ)
  • 2014年9月22日
    第1回 私が地域コーディネーターになるまで
  • 想いを紡ぐ地域づくり 私の会社の社名は「紡(つむぎ)」と言いますが、20年近く地域づくりに携わった経験から名付けました。私は「地域コーディネーター」...と言っても駆け出しの頃はそのような意識はなく、企業に所属する身でしたので会社ごと「地域コンサル会社」と称されておりました。しかし、地域の皆さんに育てていただいたおかげで自分は地域とどういう立ち位置で、どういうポリシーで携わるのか、成果に結びつけるには何が必要か、ということを学ばせていただきました。駆け出しの頃は過疎に悩む地域に「人材がいないなら求人広告を出して都会から優秀な人を採用しましょうよ」と無邪気に言ってしまい、地域の皆さんから「今居る僕たちで出来ることをやりたいんだ!」とお叱りを受けました。こんなことを繰り返しては叱っていただき、泣いたり、笑ったりしながら、地域コーディネーターとしての「自分論」のようなものを持てるようになりました。それは「みんなの想いを紡ぐ地域づくり」(またはモノづくり)ということです。私が地域コーディネートに携わる場合、 ・決めるのは地域の皆さんである。 ・自分の役割は、地域の皆さんの想いを紡いで叶える人でありたい。 ・自分の立ち位置は優秀な黒子であり、地域が主役! などをポリシーとして取り組んでいます。そしてこのような想いが鮮明になると共に、一人のOLから地域をプロデュースする仕事人へと向かって行きました。 「自分論」って? 地域の活性化に携わる方には、様々な立場や職業の方が居られると思います。公務員など職務としての関わり、自分の地域を良くしたいという想いからそこに所在する会社や住民としての活動、また私のように地域外の人間でお仕事としてプロデュースやコンサルティングをさせていただく関わり。私の立ち位置である当事者ではない外の者としての、お話をさせていただきます。駆け出しの頃、自分も含めてコンサル会社や専門家の方々が、地域の皆さんに「こうするべきです」と答えを提示し同意を取り付ける場面を見ては、スッキリしない思いでおりました。それは、どうしてそこに住んでいるわけではない人が地域の行方を決めているのだろう?という疑問でした。私は「地域が主役」という姿勢で意志決定は地域の皆さんに行って欲しいと決心し、その後の在り方を変えるものとなりました。例えば、初対面の会話は「こうするべき!」という提示から「どうなりたいのですか?」という質問に変わりました。そして、もっと話が上手に聞けるよう、迷う時には意思決定を促す支援ができるよう、カウンセリングを習い始め今も続けています。 悩みに悩んだ日々 地域コーディネーターに必要な能力って何でしょうか?私はある時期、悩みに悩みました。しかも40歳代後半という比較的最近のことです。「能力」と聞くとつい、資格や、デザイナーや調理師などの専門職とイメージしがちです。私も自分の専門性って何だろう?と悩み、様々な資格を取得しました。しかし、どれも実践の場で時間をかけて磨かれた方々との差は歴然でした。そのような中、私が責任者を務める仕事でデザイナーから「クリエイターじゃない玉沖さんには、わからない。」と言われ、やっぱり私には専門性が無いからダメなんだ、と陰鬱な日々を過ごしていました。その後、担当業務に加わっていただいたある専門職の方に「地域の方と外から招いた色んなプロをコーディネートして、マネジメントしていくっていう役割(仕事)があるって初めて知ったわ。他の分野でもこういう役割があると、もっと色んなことが上手く回るのにね。」と言っていただいて気づくことができました。それは目に見えるライセンスのようなものではなく、多様な考えや立場の方をコーディネートしたり、事業の進行をマネジメントできるなど、目で見てわかりにくいものも能力であり専門性なんだと確信した瞬間でした。それからは迷いがなくなり、同時にコーディネートやマネジメントの必要性に改めて気づけた瞬間でもありました。 自分のスタイルを持とう 色んな考え方の地域コーディネーターが居ていいと思います。でも自分のポリシーや何が担えるのかという、いわばスタイルのようなものが無いと何がお願いできるのか?任せられるのか?が、わかりません。どういうポリシーで、どういうことができるのか?何が得意なのか?を明確に持って欲しいと願っています。そこに決まった答えはありません。自分の個性を輝かせて経験と共に変化し更に輝いて行って下さい。私もこの夏、島根県の隠岐の島町という離島に4社7名で地域振興に取り組む現地法人を設立しました。移住はしないのですが、成果を出して地元の方をどんどん採用できるようになりたいと思っています。私にとって新たなチャレンジです。今後も挑戦と変化を続けて磨いて行きたいと思います。 次回は、地域コーディネーターの役割を事例もご紹介しながらお伝えして参ります。

  • 富永 一夫
    富永 一夫
    (とみなが かずお)
  • 2014年9月8日
    第1回 コーディネーターを目指す方へ
  • どうすればなれるのか? 「どうしたら富永さんみたいになれるのですか」と、よく聞かれる。そのたびに私は答えに窮してしまう。「いや、何も難しいことはないですよ」と取り繕うのだけれど。 私は、昔から自分がやりたいようにやってきた。特別意識してコーディネーターになろうと思ったことはない。気が付いたら、世の中から「コーディネーターらしい人」と言われるようになっていた。だから、こんなことを言うと怒られるかもしれないが、皆が私のようにできないのは、なぜなのか、そこのところがよく分からないのだ。申し訳ない。 もしかしたら、私は「生まれながらのコーディネーター」かもしれない。自然にそうなってしまったから、どうすればコーディネーターになれるのか分からないし、言葉にするのも難しい。でも、私も次の世代のコーディネーターを育てなければいけない立場になってきた。だから、難しいのを覚悟の上で、これから「どうすれば、コーディネーターになれるのか」を綴っていきたい。回り道は多いかもしれないけれど、ご容赦いただきたい。 目の前の人に波長を合わせる 私は、外資系企業で20年以上勤務してきた。営業の仕事には特にやりがいを感じた。今、地域づくりNPO活動に奔走するようになって、その当時の経験がとても役に立っているのを感じる。 地域には、実に様々な立場の方がいる。まず、そこに暮らす住民がいる。朝早く家を出て夜遅く帰ってくる、地域との関わりは休日だけという人たちがいる。一方、子育て期で、地元の幼稚園、小学校、公園、スーパーマーケット等々が生活の中心になっている人たちがいる。また、無償のボランティアとして地域づくりに取り組む人たちがいる。地方自治体の職員がいる。利益を第一に考える地元企業の方もいる。こんな、様々な人たちに、いつも同じような言葉で語りかけ、同じような態度で接していては、とても地域づくりはできないし、コーディネーターの役割は果たせない。目の前にいる人に合わせて、自分を変えていかなければいけないのだ。ちょうど営業マンが、目の前のお客様に合わせて商談を進め、最後にはお互いにWin-Winの落としどころを見つけるように。 だから、地域コーディネーターは自説にこだわってはいけない。目の前の人を自分のシナリオ通りに動かそうとしてはいけない。相手の波長に合わせ、素直に意見を聞いたうえで、皆が「まあ、それでいいか」という落としどころにもっていく。コーディネーターは「黒子」なのだ。それも、ちょっと目立つ「黒子」だ。 地域づくりの「残念な人たち」 先に、私は「どうすればコーディネーターになれるのか分からない」と書いた。一方で、「コーディネーターに向かない人たち」の条件は、はっきり言える。 最近、企業を定年退職した人たちが、第二の人生の生きがいとして地域づくり活動に取り組むことが多い。中には、管理職や役員を経験した人たちもいる。大変に有能な人材だ。ところが、企業でピラミッド型組織の上部にいることに慣れ、上意下達の組織運営が染みついた人たちが地域づくりに参画すると、非常に面倒な軋轢を生むことがある。何しろ、地域社会は多様な人たちの集まりだ。利益や効率性だけで動く人たちばかりではない。そこでつい、「どうしてこうしないんだ、このやり方がいいに決まっている」と、自分の意見を押し付けてしまう。それで、たちまちそっぽを向かれて、せっかく能力のある人たちだというのに残念なことだ。企業で成功したリーダーシップのスタイルと、地域づくりで求められるリーダーシップは違うのだ。 文鎮逆さ型リーダーシップへの転換 私は、地域づくりで求められるのは「文鎮(ぶんちん)逆さ型リーダーシップ」だと考えている。習字で使う文鎮には、小さな「つまみ」がついている。この「つまみ」を下にして逆さに置いたところを想像してみて欲しい。グラグラと頼りなく揺れる文鎮、ちょっと間違えると、たちまちバランスを崩してしまう。地域づくりにおけるリーダーシップとは、まさに文鎮を逆さにした「つまみ」の役を引き受けることに他ならない。 「つまみ」には、文鎮の重みが全て加わる。しかし、「つまみ」は文鎮の底になっているので、頑張って重みに耐えていることは他の人には分からない。一方で、ちょっと調整を間違えてバランスを崩すと、あちこちから文句が殺到する。何事もなくて当たり前、うまくいっても、めったに褒められることはない。しかし、それでいいのだ。そのような黒子の役割を喜んで引き受けられる人が「地域コーディネーター」だと思う。 一見、地域コーディネーターはリーダーシップを取っていないように見える。そうではない。地域コーディネーターの役割は、日本語で「指導」と言った方が分かりやすい。犬の首に紐(リード)を付けて、引っ張りまわす役割ではない。「こちらの方向に行った方が良さそうですよ」と、進むべき方向を指で示し、導くのが地域コーディネーターのリーダーシップだ。江戸時代で言えば、「人気のある庄屋さん」、といったところか。 昔の人望のある庄屋さんには、人が集まったという。人間力と言っても良いかもしれない。地域コーディネーターにも、当然、人間力が必要だ。次回は、コーディネーターに求められる人間力について考えてみたい。